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平成20年夏 道東紀行

スクリューとなりてコーラルホワイトのはな道東へわれを動かす 丹人

百骸九竅(ひゃくがいきゅうけい)の中に心有り 名付けて質直坊といふ
誠に幼き事をいふにやあらむ
われ狂書を好みて久しくあれど 狂歌狂句を好むこと新し

ある時は倦(うん)で放擲(ほうてき)せん事を思ひ
ある時は進んで人に勝たむ事を誇り
是非胸中にたたかふて 是が為に身安からず

羲之の書に於ける 杜甫の詩に於ける 西行の和歌に於ける
宗祇の連歌に於ける 雪舟の絵に於ける 利休の茶における
芭蕉が句における 其の貫道する物は一なり

しかも風雅におけるもの 造化にしたがひて四時を友とす
見る処花にあらずといふ事なし 思ふ所月にあらずといふ事なし
像(かたち)花にあらざる時は夷狄(いてき)にひとし
心花にあらざる時は鳥獣に類す
夷狄を出で鳥獣を離れて造化にしたがひ造化に帰るべし

文月の末
地も空も炎暑のけしき
身は汗ふき出だし干上がる心地して

だふといふことはなけれど道東に夏の名残りをいざ見に行かん 丹人

◇七月二十五日 金曜日 晴

朝四時に目覚む
未だ明けぬ頃なれど旅へのおもひ高まりて
渇く喉を潤さんと飲む緑茶の味も珈琲のかほりも格別なり
明け初める庭に出でて
みづみづしき緑にひたるもいとをかし
朝顔の青絞りの今夏第一花がねじれて開きゆくも
いとあはれなり
庵に入りて神棚に拝礼し
仏壇の水かへて旅の無事を祈れば
友部駅へと向かひぬ
七時五十九分の特急に乗車す

上野を経て浜松町に至る
九時四十四分発のモノレールにて羽田空港に向かひぬ
ANA機の発する時刻は十一時三十五分にして
時間はゆるやかなり

時刻通りに飛行機は動き始めたる
離陸時の緊張は常なるも無事に上空に上がれば
掌の汗をぬぐふもいとをかし

飛行機の窓より眺むれば
夏空のいとあをきが中に
白雲の横たはるも
立ち上がるも
鼻歌をうたひて踊るがごとし

午後一時になれば飛行機は徐々に降下して
一時十分には中標津の緑の大地の雲間に見へきたるも
雲中を降下すれば機体の揺れるに
手に汗のにじむもいとあはれなり

午後一時十五分 盤石の着陸となる

中標津(なかしべつ)の地に降り立てば武佐岳の雲したがへて清涼の夏 丹人

中標津の地は灰色の雲のよこたはりてをりぬ
気温二十度なるは爽快なることこの上なし

レンタカーに乗り換へて
いざ 道東の夏を楽しまんとこそおもへれ

午後二時
道々69号線沿ひのラーメン屋「たら福」にて塩ラーメンをいただきて
午後二時四十五分
気温十八度の標津より 気温十六度の野付半島に入りぬ

左には遠く国後 右見れば水面(みなも)鏡となる野付湾 丹人

嗚呼 絶景かな 絶景かな

エゾフウロまろき五枚の花びらの椀に野付の風乗せてをり 丹人

国後の泊村見る海鳥の糞も涙に見へてくるかな 丹人

海水の入れば立ち枯る「ナラワラ」の群れて支える天の雲かな 丹人

午後四時に野付半島を後にして
国道355線を北上すれば
午後五時に羅臼町に入る

道の駅「知床らうす」の青空を食む鯛となる白き雲見ゆ 丹人

国道335号線は羅臼より知床半島を横断する334号線となる
知床横断道路を上りゆけば左に
森の野天の「熊の湯」あるときけば 
是非入らんとて細道を入りゆきたり

「熱いね!」といへば「そなごどねー」といふ羅臼の人のあたたかきかな 丹人

常連の方の話のおもしろくききつつ入る熱き熊の湯 丹人

硫黄の湯にて身をほぐせば
知床の山を越へんと車を走らせるも
霧深くかかりて
幻想なる世界なり
時にエゾシカのあらはれて
車を見送りていただくも
いとうれし

午後六時 標高740Mの知床峠に到着す

霧雨に知床峠の白くして息も白々 気温は十度 丹人

上りはくねくねなる道なれど
峠を越へれば直線多き道となりて
走るにいと易し

六時三十分
知床の宿に到着す

道の辺に鹿七匹の見送りを受けてウトロにたどり着きたり 丹人

◇七月二十六日 土曜日 小雨時々曇

午前五時に目覚めて宿の窓ゆ見ればウトロ原野に霧降りしきる 丹人

ウトロは小雨の朝なり
六時三十分 宿の湯につかりて身体の目覚めれば
七時三十分 海賊食とふ物騒なる名の朝食を一階大食堂にていただく

起きだしてまずは湯に入り朝食は粥に青のりイカの塩辛 丹人 7:47

宿の案内処の掲示板を見れば
知床岬行きの観光船は悪天候により運休なるとふ

宿を九時に発して知床自然センターへ向かふ
到着は九時十五分なり
知床半島先端部へは車の通行に制限ありて
自然センターよりシャトルバスにて行かんとすればなり

九時四十五分発のシャトルバスに乗りて
知床五湖停車場にて降車す

知床五湖全面閉鎖はヒグマ出るといふよりヒトの数多出るゆへ? 丹人 9:50

霧深き日なれば五湖も霞みてよく見へぬとおもへば
全面閉鎖は残念なることなるも
この原野の動植物や大自然を守るためには
よろしきこととこそおもへれ

木道は歩くこと可と言はれればただ黙々と黙々と行く 丹人 10:02

ソーセージは好物なれどソーセージの話知らざり しばしたたずむ 丹人 10:13

十時十五分 知床五湖停車場よりシャトルバスに乗りて

十時四十分 カムイワッカ湯の滝停車場に到着す

バスに乗りてカムイワッカの湯の滝に着けば裸足になりて登れる 丹人 10:52 

水温の三十度なれば裸足にて登るは楽しサムイワケなし 丹人 10:57

十年ほど前までは
知床半島先端部への車乗り入れの規制なくば
狭き道に車の渋滞起こることしばしばなるといふ
カムイワッカ湯の滝も
奥まで入りて温泉を楽しむ人あまたゐたるといふ

いま
湯の滝は一の滝までの五十米ほどが
立ち入りを許可されるも
それより奥は
落石の危険あれば
立ち入り禁止となる

落石の危険あるともなくあるも な入りそカムイ(神)のワッカ(川)にありせば 丹人

十一時三十三分発のバスに乗りて
知床自然センターに戻りぬ
雨のやや強くなりてきたりき

食道にてカレーライスとソバの昼食を済ませて
館内を歩けば
次なるポスターの目に入りぬ

戻り来て知床自然センターに入れば岩尾別先生レクチャー 丹人 12:40

外は雨なれば
館内にてゆるり見学せんとする我に

「熊の話を二十分ほどします 聞いていきませんか?」


語りかける御方あり

「をを^^ 是非にききたし!」


予のこたへて

「もしかして・・・岩尾別先生なる哉?」

とたづねれば

「・・・さなり!・・・」


はにかみつつ答へたる
岩尾別先生なりき

知床のヒグマ親子の一年を話す岩尾別登先生 丹人 12:54

十三時
雨も小降りになるに
海岸の断崖にある「フレペの滝」を見んとて
散策道を歩き行きたり

原生林の白樺の木にまなこありて話しかければニコリほほゑむ 丹人 13:12

小雨降る野を歩き来て見下ろせるフレペの滝にフレるすベなし 丹人 13:32

手を伸ばせど・・・
フレペの滝ははるか遠くなり・・・

十四時三十五分
知床自然センターを後にして
道の駅「うとろ・シリエトク」へと車を進めたりき

車にてオロンコ岩に向かう途の国道脇に雄の蝦夷鹿 丹人 14:52

十五時 うとろ・シリエトクに到着す

館内にて放映されたる
ハイビジョン「知床の四季」なる映像に
しばし見入りて
知床の大自然を堪能すれば

十五時五十分
知床八景の一なる「オロンコ岩」を目指せり

ウトロなるオロンコ岩の威容見上げドロンコになるもをかしかりけり 丹人 16:33

ドロンコになりて登れるオロンコの岩にコロンと鐘が鳴るかも 丹人 15:33 

断崖のカモメの巣にも手が届く心地にオロンコ岩のぼりゆく 丹人 16:12

けふは一日太陽の見へぬ日となるも
このあと宿にもどりて落日の頃となれば

オホーツク海の水平線に
雲の切れ間の横一線に伸びて
陽のかたぶくに
ほのあかき色の
次第に深まり行けり

嗚呼
いと美しきかな

知床八景夕陽台よりなを高き宿より拝すウトロの夕陽 丹人

北緯四十四度の海に沈む陽は右四十四度にかたぶきてゆく 丹人

あかあかと夕陽落つれば黒き夜過ぎて真青な朝を連れ来る 丹人

◇七月二十七日 日曜日 快晴 気温二十度

五時十五分に目覚めれば
陽光のウトロの野に降り注ぎて
その余光の宿の窓より
部屋に射して
心の水面に反射するも
いとうれし

湯に入り朝餉をいただけば
八時四十分
二泊したる宿に別れを告げて
いざ出発となる

けふは
ウトロより西へ向かひて網走に至れば
一路南下して美幌より峠を越へて
屈斜路を目指さん

九時
知床八景なる
オシンコシンの滝を見上げれば
青き空より
屏風となりて
落ちる水の
真白ける飛沫の
わが身にかかりて
嗚呼
清らかなり
嗚呼
涼しきこと限りなし

国道344号線を一路西へ走りゆく

白雲はかなしからずや空のあを斜里岳の青にも染まずたなびく 丹人

*斜里岳:1547m

十時二十分 小清水町に入れば
左に濤沸湖の見へきたる
右には砂丘に花咲き乱る原生花園なり

昭和天皇の御製を刻みし碑の

みつうみのおもにうつりてをくさはむ牛のすかたのうこくこともなし(昭和二十九年)

を仰ぎつつ濤沸湖を見やれば

湖に向かひて草を食む馬のたてがみに吹く涼風の色 丹人

原生花園を歩けば
エゾフウロ(ハマフウロ)やエゾカワラナデシコの花
またクサフジやエゾキスゲの咲くは
いと美し
ハマナスは花の盛りを過ぎて
花のいたみはじめるもの多けれど

ハナアブはかなしからずやハマナスの花のあかにも染まず蜜吸ふ 丹人

十時四十分 花園を発して
網走を指して西に車を走らせれば
十二時 網走の街に入りぬ 

網走は新町の「かね久」にて茶蕎麦をいただきて
郷土博物館を見学す

明治よりの北海道開拓の資料を観て
深く感づるものあり

午後一時三十分 網走の街を後にして
国道三十九号線を南下し
美幌の街にて国道二百四十三号線に入りて
ゆるやかなる上りの道を走り行けば
三時二十分 美幌峠に到着す

嗚呼
ぐるりと四方を見下ろすこと可なる
この峠の雄大さよ

東を見れば
屈斜路湖の水の静かにして
北東の空のあをが中に
斜里岳のほのかに浮かびて
噴煙をなびかせるがごとく
白雲のかかるも
いとをかし

峠より見れば美空も斜里岳も屈斜路の湖(うみ)にほろろ流るる 丹人

峠を越へて
四時二十分 屈斜路湖畔の池の湯に到着す
衣を脱ぎて
藻のはりてぬるぬるする危うき中を
ゆるゆると入りいけば
湯温三十九度なり

先に入られし御方の曰く
「藻が体に良いらしい」と

次に
和琴半島に移動すれば
露天風呂に入る

嗚呼
湖畔はいづこにても
掘れば温泉の湧くといふも
いとよろしかな

湯を出でて
湖畔を歩けば
さざ波の光の美しくして

山青くみどりも青く湖(うみ)青く 黄蝶の飛びてゆく あらよっと! 丹人

十七時二十分 屈斜路湖畔の宿に到着す

◇七月二十八日 曇 気温十七度

五時二十分に目覚めれば
屈斜路湖に雲たちこめてゐたり

知床の宿の御方より
津別峠よりの屈斜路湖の景色の
格別なるとききてゐれば
とにもかくにもと心の急きて
六時を回れば
雲立ち込める湖畔を発して
津別への道を上りゆきたり

登りつつふりさけ見れば屈斜路の水たいらかに眠るがごとく 丹人

右に左にくねれる
峠への道を
一面の霧の中を
泳ぐばかりにすすみゆきたり

霧中に木々の葉影の重なるもいと美しき峠への道 丹人

峠もまた霧が中なるとおもひつつ
のぼりゆきて
標高七百米を過ぎれば
霧の晴れて
眼下一面の雲海を観る

嗚呼
いとすばらし

遠くあをあをとしたる山々の
ひときは高きは
斜里岳かな

さらに車をすすめて
標高七百五十四米なる津別峠より
展望台への細道を
のぼりゆけり

六時三十分
駐車場に到着す
標高八百米ほどなる哉
他に車の一台もなし

展望台への上り口は
時間の早くして閉鎖されたるに
見晴らしよき場所にて
屈斜路湖方面を一望すれば

屈斜路湖を底に沈めて雲海の津別峠に朝は来にけり 丹人

八時四十分
屈斜路湖の宿を発して湖畔の道をゆけば
そこはかとなき硫黄のかほりただやひきたる

右手に硫黄山(512m)のあらはれて
白き噴煙の勇ましく立ち上がりたる

川湯温泉を越えて摩周湖へつづく
つづら折りの道を登りゆけば
雲の切れて
青空の広がりゆくは
いとうれし

十時
摩周湖第三展望台駐車場に到着す
車を降りれば
日差しの強くして暑きほどなり

展望台への細道を登りゆけば

みづうみゆ吹き上ぐ風の冷たさにまなこ澄ませて見入る摩周湖 丹人

千年の時をしづめる青さかな 奮太

嗚呼
なんといふ景なる哉・・・

この素晴らしさを
言葉にするすべを知らぬ
あかひとなり

湖より吹きあがりくる
冷たき空気の
ほほをひきしめれば
まなこ見開きて
ただただ
見入るばかりなり

湖上に薄くただやふ霧の
カヌイシュ島をやはく包みて
カムイヌプリ(摩周岳:857m)を駆けのぼれば
空へとつらなりて
山の神の湖(キンタンカムイ湖)とふ名の
いとつきづきし

布施明の「霧の摩周湖」くちづさみ 霧晴れてゆく摩周湖に立つ 丹人

十時四十分
湖に沿ひて南へ一里ほど走りて
第一展望台に到着す

山の神の湖畔に夏の日のさして咲く花々のいよいよ白く 丹人

展望台に永平寺七十三世貫主なりし
熊沢泰禅(1873-1968)の詩碑あり

碑曰く

萬岳雲晴帰一眸
千年紺碧大摩周
総忘苦楽人間事
湖上閑吟極勝游

昭和壬辰(27年)秋曳杖於此勝景賦一詩
永平泰禅叟

嗚呼
なんと雄大にして力強き筆致なる哉
比田井天来の書風を彷彿とするも
いとをかし

また
摩周湖の案内板ありて
その最後の一文に

「原生的景観が厳正に守られている」

とあるは
かけことばを含む名文と見たり^^

十一時
摩周湖を発す

弟子屈の町に入るに

予の弟子屈を「でしくつ」と読めば
弟子なるtoshiの笑ひて
それ「てしかが」なるといふに
予のほほふ・・・とうなづきつつ
未だ物知らぬ者なるを
あらためておもふも
いとあはれなり

弟子屈の町を過ぎれば
国道391号線を南下して
一路釧路へと向かひゆきたり

釧路川と釧網本線に沿ひて延びる国道391号線を
ひたすら南下す

標茶の町に入りて
塘路に至るは正午となるに
昼食をとらんとて
塘路湖畔を尋ねれば
ミュージアムセンターと郷土館のあるも
食するところのなきなるも
いとあはれなり

標茶町郷土館に入りて
明治以降の開拓の歴史を深く胸に刻めば
再び国道を南下して
細川展望台を目指せる

達古武より国道を右に折れて
細川なるビジターラウンジに到着するは
午後一時を回る頃なり
軽き食事を済ませれば
白樺の小径を歩みゆきたり

一時五十分
展望広場より釧路湿原をのぞめば

見はるかす一望千里の湿原を撫でて流るる釧路川かな 丹人

展望広場から細川展望台を回りて
釧路湿原の眺望を楽しめば
車はくねくねとしたる
砂利道を走るに

二時四十分
岩保木水門に到着す

この水門より
釧路川の二手に分かれれば
釧路川と新釧路川となる

湿原を流れきたれば滔々と水をたたへて新釧路川 丹人

水門をあとにすれば
一路
幣舞橋(ぬさまいばし)沿ひの宿へと向かへる

宿の湯は「ぬさまいの湯」とふ名にして
カルシウム・ナトリウム‐塩化物泉なり
少し口に含めば
海水のごとし

ゆるりと湯につかりて
一休みすれば
宿を出で
五分ほど歩きて

午後七時三十分
錦町の炉ばた煉瓦にて
夕食となる

発祥は釧路ときけば炉ばた焼けむりの中に海をながめつ 丹人 

手前より 厚岸の牡蠣 タラバガニ シシャモ イカ なり

嗚呼
いとむまし

午後十時
店を出でれば
小雨のぱらつく
幣舞橋を歩きたる

美川憲一の「釧路の夜」を鼻唄に見上ぐ夜霧の花時計かな 丹人

◇七月二十九日 火曜日 曇 気温十七度

いよいよ今次の旅も
最終日となりぬ

たんちょう釧路空港を発するは
午後五時なれば
午前は東に車を進めて
霧多布岬を一目見んとて
午前八時
釧路は幣舞橋脇の宿を出発す

国道四十四号線を走るに
天を雲の覆へば
日差しのなくて
さらに
信号少なくして
走りの
快適なることこの上なし

厚岸(あっけし)を過ぎ
茶内の十字路を右に曲がれば
左右見渡す限りの
霧多布湿原となる

湿原の先の岬を一目見むと行けば霧たっぷりと覆ひて 丹人

などと
親父ギャグの連発なるも
いとをかし

十時
霧多布半島に入れば
いよいよ
霧のかかりて
エゾカンゾウの花の色の
ややくすみて見ゆるも
いとあはれなり

エゾカンゾウの花びら一枚一枚の吾(あ)にやふこそとささやきにけり 丹人

霧多布の夏の斜面に咲く白と黄の花に魅せられかかる霧 丹人

霧多布岬の果ての岩礁に集ふカモメに吹きゆくか夏 丹人

十一時
岬を後にして
道々百二十三号線に入れば
海岸に沿ひて
琵琶瀬
散布
あやめが原
を越えて

十二時三十分
厚岸は
道の駅「厚岸グルメパーク」に到着す厚岸といへば
牡蠣なり

昼食に
生牡蠣をいただけば

厚岸の特産といふ「牡蠣右衛門」目にも涼しやするすると食む 丹人

採りたての
新鮮なる牡蠣を
一口いただけば
甘きかほりに
つつまれるも
いとをかし

嗚呼
いとむまし^^

午後一時を過ぎれば
国道四十四号線を
たんちょう釧路空港に向けて
走りゆきたり

根釧の涼しき夏を惜しみつつ走る尾幌の気温十六度 丹人

厚岸より一路
釧路に戻りきて
釧路湿原に別れを告げつつ
釧路湿原道路を走れば
西に青空の広がるを見るも
いとうれし

二時三十分
釧路空港の北側に隣接する
丹頂鶴自然公園に着ける

丹頂鶴は特別天然記念物なり

乱獲により一時は絶滅の危機に瀕するも
大正の末に
釧路湿原のキラコタン岬にて
僅かに十数羽の生存するを発見されるといふ

昭和二十五年
給餌に成功して以来
徐々に個体数は増加して
手厚い保護が効を奏せば
平成十八年度の調査にては
国内に千羽の生息が確認されるときけり

羽づくろひを教ふる母の外敵ゆ雛まもりつつ己もつくろふ 丹人

三時三十分
丹頂自然公園を後にして
空港へ向かひぬ

釧路空港の正式なる名称は
「たんちょう釧路空港」なり

空港玄関口にて
彫刻なれど
ヒグマ親子の
出迎へあるは
いとうれし

鼻筋のいと美しき直線のヒグマ親子に別れ告げたり 丹人 

五時三十分
予定より二十分遅れなるも
航空機の
無事に釧路を離陸すれば
機上の人となる

この空のあをさ忘れじ北海の地は雲中を遠のきてゆく 丹人 (17:54)

道東の旅の終はりの夕空の果てにかかりてゆく夢の橋 丹人 (18:43)

今次の旅日記の
無事に終了となるは
いとうれし
一重に
皆々様のあたたかき
お励ましのあればこそと
あかひと
かしこみて
御礼申し上げる次第に候

頓首 再拝


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